高校1年生になり、私は弓道部に入りました。
部活が楽しくなって、インターハイに出場出来るレベルになりましたが学業成績はドンドン悪くなりました。
高2終了時点で学年順位は280/320位まで下がってしまいました。
これでは京大法学部どころか国立大すら怪しい。
高3になると文理でクラス分けをして周りは受験モードになりました。
ここから私の長い長い受験生活が始まるのです。
そんな中、クラスには学年1位の天才がいました。
彼はテニス部のインターハイで全国大会出場、イケメン高身長、東大文一志望といったスーパーマンでした。
彼に少しでも追いつくために必死に勉強を繰り返して、8月の京大実戦模試では英語がかなり難しかったものの法学部C判定、京大OPでは法学部C判定でした。
スーパーマンの彼はどちらも冠模試で東大はA判定
9月には10月の学園祭の準備で勉強が忙しくなり、勉強が疎かになり成績が下がり、11月の京大模試ではどちらもD判定となりました。
まあ、現役生だからこんなもんでしょ、みたいに気楽に構えておりました。
そして、センター試験を2009年1月20日と21日に受験しました。
この年は国語や英語の筆記とリスニングも難化。
数学1Aは易しかったのですが、数学2Bと地学が難化したおかげでトータルでは721/900点に終わりました。
リサーチ結果も惨憺たるもので前期京大法学部と後期神戸大法学部に特攻しましたがあえなく惨敗。
スーパーマンの彼は楽々、東大文一に合格しました。
私大は受けなかったので私は浪人決定してしまいました。
プライドがあったので私大は眼中になかったのです。
予備校は文系に強い河合塾を選ぶことにしました。
続く
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2014年7月14日
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