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Channel: 春がきこえる
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県庁の星

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「お前。最近、酔っぱらい共のソフトボールチームを作るために奔走しているんだってな?。例によって、また救われない連中共の救済か。よくやるな、お前さんも」


「監督をやってくれと、成り行きからまつり上げられただけさ。何だよ。お前もソフトボールをやる気になったのか、やるのならいつでも大歓迎だ。その肥満体型の改善のためにも、運動は必要だろう」


「馬鹿こけ。一般人共とこの俺様を一緒にしないでくれ。庶民一般とは異なり、一時は官僚を夢見て出世街道を突っ走った身だ。まあ、結局は出世競争に敗れ、出先の所長止まりなんだが・・・・
てか、県職の総合土木職は、年中休みなしで忙しすぎるんだぜ。公務員というと一律に、庁舎内でみんな暇を持て余して遊んでいるように見られているが、現場はすこぶる忙しいし、予定はすし詰めで多忙なことこの上なしだ。県民の交通の安全を守るために、県内をくまなく駆け回る総合土木職となれば、なおさらだ。今日は22時前に帰ってくることが出来たんだから、いつもより随分と早い帰宅だ。更に、今年は新年早々に福岡県内でも雪が積もりやがったから元旦から職場で深夜待機だったぜ。」


閉店間際に顔を見せた祐介と同級生で、県職員の柊(ひいらぎ)が開口一番、最近になって盛り上がりを見せてきた、居酒屋のソフトボールチームの噂話を口にします。
柊は地元の九州大学大学院工学研究科をトップに近い成績で修了した後、地方上級公務員試験に見事、一発で合格したという経歴の持ち主です。
地方上級試験は3段階ある公務員試験の内の、最上級にあたる試験です。
これに合格した人達は、初級や中級の職員からは、畏敬の念もこめて「キャリア」と呼ばれます。
地方自治体の花形部署に君臨している殆どの人間は、この上級の試験で採用されています。


「そんなに忙しいのか、外部で仕事をする総合土木職の現場って。公務員なんて輩は、急がず慌てず、仕事をせずの三拍子が揃っているとばかり思っていたから、お前さんみたいな例外の部署もあるんだな。初めて知った衝撃の事実だ」


「県が管理している国道や県道の維持・修繕などが俺達の主な仕事だ。道路中央の植樹帯の管理や舗装の修繕、交差点の整備、橋梁の耐震補強工事、道路の除雪作業なども担当する。最近はゲリラ豪雨の対策として、アンダーパス部(交差する鉄道や道路の下をくぐる部分)の路面冠水を、道路利用者に瞬時に警告するための「冠水感知システム」の設置も進めている。整備の終わった交差点で、実際に渋滞が減ったり、歩行者が安全に歩いていたりするのを目にすると、結構この仕事にやりがいを感じている、そんな、今日この頃だ・・・・」

 
「へぇぇ・・・・辛口で鳴らしているお前さんにしては、殊勝すぎる発言だな。まさに、公務員は、市民の下僕だという超模範的な回答だ。一発で地方上級試験に合格しているので今頃は、出世街道まっしぐらだと思っていたが、市民の身近なところで、ひたすらお前さんが汗を流していたとは、まったくの想定外だ。へぇぇ、若干だが、お前さんのことを、今更ながらちょっぴりと見直したぜ」


「国家公務員総合職の、いわゆるキャリア官僚と言われている人達は、地方公務員の俺達とは比べ物にならないほどの物凄いスピードで出世を重ねていく。新採のときからヒラではなく、いきなり係長からスタートする。出世コースを維持していくために、若干30歳で地方へ課長として派遣されてくる。40歳で、早々と県庁の部長級に昇進する。さらに数年間地方で仕事をしたあと本省に戻り、課長以上のポストについていく。こうした展開に比べたら県庁職員の出世レースなんか、子供の漫画みたいなもんさ。定年間際の55歳くらいで、やっと出先の課長か、良くて本庁の課長に収まるのがやっとのことだ。国総のキャリア組に比べると地方公務員の出世競争なんて、まるで子供騙しさ。県庁内だって、一人しか勝ち残れない出世レースに敗れてしまうと、その先で待っているのは、外郭団体への出向か、天下りの話ばかりだ。そりゃそうだろう。上に行くほど椅子に座れる定員は減り続ける。椅子取りゲームの頂点にあたる部長の椅子に座れるのは、同期の中でも、たったの一人だ。部署の職員たちに顔が効くうちに、さっさと甘い蜜を求めてコンサルなどの民間企業へ再就職していくのも得策さ。再就職先のコンサルでも年収600万円は貰えて65歳まで働けるからな(コンサルに再就職出来るのは課長以上に限る)。俺もそろそろ、そんな風に自分の進退を真剣に考える時期が来たようだ・・・・」


大きくなりすぎた自分の腹を揺すりながら、総合土木職の柊が自虐的な笑みを浮かべています。
「県職を辞めるつもりか?。今辞めたら、退職金がもったいないだろう。第一あの計算高い奥さんがお前の勝手を、絶対に承知をしないだろう」と切り込んでいく祐介を、柊が冷めた目で見つめ返します。


「公務員にも早期退職の制度があるなんてことは、聞いたことがないだろう?。自分から辞めたのでは一文の得にもならないが、公務員にも早期退職優遇制度というのがある。50歳以上の職員が退職勧奨を受けた場合に、残りの年数に20%を掛けて、割増の退職金を受け取ることができるという制度だ。いま検討がすすめられている改正案では、退職勧奨の年齢を45歳まで引き下げる予定だが、
その見返りとして、40%の割増退職金を支給するという破格の待遇をする。
だが、問題は退職勧奨という制度だ。自分から勝手に応募することができないという厳しい制約がついている。ここが一般の民間企業と大きく異なる点だ。勝手に辞めることができないのが、公務員という身分ゆえの制約さ。早期退職制度をあてにして、簡単に辞めることができないようになっているんだ。通常の定年退職や自己都合による退職では、こうした割増の退職金制度は適用されない。だから45歳以上の公務員は、いつ退職勧奨になるのか、楽しみにしている連中も実は、けっこう庁舎内にもいるんだぜ」


ニンマリと笑った柊が祐介の目を盗みながら、自分の腕時計に目線を落とします。
(そろそろ、来る頃だな、あいつ・・・・)密かな愉しみを内に秘めた柊の目が、入口にあたる
居酒屋の薄汚れたガラス戸の方向を見つめています。










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